井仁に来るということ
2016/02/25
こんにちは。
先日の山のくらしえんの味噌つくりの会の活動の日に、
ある親子が交流館を訪ねたときの話です。
その親子は、トイレにかけてある記帳簿に、自分たちが
以前、来たときの書き込みをしたので、それをカメラに
撮りたいとのことでした。
どうやら、一緒に来ていたおばあちゃんが亡くなったらしく、
書き込みをおじいちゃんに見せたかったようでした。
書き込みを写真におさめて、「これで、おじいちゃんに見せれるね」
と言っていたのを聞いて、昔の記帳簿が見つかって良かったと
ほっとしたのと、温かい気持ちに包まれました。
この井仁の棚田は、家族や友人と来て景色を眺めたり、カメラで
一生懸命、景色を撮ったり、自転車でサイクリングに来る人など、
様々です。その方々は、井仁との関わりは、ほんの数時間しかないのかも
しれませんが、それぞれ思いを持って。この井仁の棚田を訪れているのでしょう。
そんなことを考えさせられる出来事でした。

先日の山のくらしえんの味噌つくりの会の活動の日に、
ある親子が交流館を訪ねたときの話です。
その親子は、トイレにかけてある記帳簿に、自分たちが
以前、来たときの書き込みをしたので、それをカメラに
撮りたいとのことでした。
どうやら、一緒に来ていたおばあちゃんが亡くなったらしく、
書き込みをおじいちゃんに見せたかったようでした。
書き込みを写真におさめて、「これで、おじいちゃんに見せれるね」
と言っていたのを聞いて、昔の記帳簿が見つかって良かったと
ほっとしたのと、温かい気持ちに包まれました。
この井仁の棚田は、家族や友人と来て景色を眺めたり、カメラで
一生懸命、景色を撮ったり、自転車でサイクリングに来る人など、
様々です。その方々は、井仁との関わりは、ほんの数時間しかないのかも
しれませんが、それぞれ思いを持って。この井仁の棚田を訪れているのでしょう。
そんなことを考えさせられる出来事でした。

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